自作キーボードをつくるときに、どのキースイッチを選ぶのが良いのか悩んでしまうという方は多いのではないでしょうか。国内の大手ショップである遊舎工房さんでも 50 種類以上のスイッチを取り扱っていますから、そのうちの一つを選ぶというのも、なかなか難しい話になります。キーボードの打ち心地のほとんどがキースイッチによって決定されますから、その選択は重要です。
そこで、本ガイドでは「どのようなキースイッチを選択すればいいか」「どのように潤滑(ルブ)すればいいか」についてベストプラクティスをまとめます。
キースイッチの調整には多くのやり方があり、何が正解ということはありません。とはいえ、多くの選択肢を提示するだけでは、何をどうすればよいのか迷ってしまうことになります。このガイドではコミュニティで人気があり、標準的な手法について、具体的に説明をすることを目指しています。
なお、ビンテージキースイッチや共同購入だけで販売されたものなど、入手が難しいものについては、この解説では取り扱いません。クリッキースイッチについても、私の知見がないためここでは扱いません。
また、読者の方は、市販のメカニカルキーボードを購入できるくらいには、キーボードの知識があるものとします。一般的な用語については他サイトで調べてください。
スイッチ各部の名称
最初に、キースイッチの各部の名称について簡単に説明をします。 Cherry MX 互換のキースイッチは、以下のパーツから成ります。リーフについては、ボトムハウジングに取り付けられているため、潤滑をするときに取り外すことはありません。
- トップハウジング
- キースイッチのケースの上の部分。
- ボトムハウジング
- キースイッチのケースの下の部分。
- リーフ
- ボトムハウジングの板ばねのこと。
- ステム
- キースイッチの軸の部品。特にリーフと接触する部分をステムの脚(leg)という。
- スプリング
- キースイッチ内部の圧縮コイルばねのこと。
キースイッチ選び
キースイッチの評価ポイントは、ぐらつき、スムースさ、音などです。それに加えてタクタイルスイッチでは、タクタイルの特性が評価の対象となります。
キースイッチ選びの選択肢は、リニアスイッチなのかタクタイルスイッチなのか、静音スイッチがよいのか、そうでないのか、それによって選択肢が決まります。コミュニティで評価の高いスイッチは以下のスイッチです。下記のスイッチであれば、間違いのない選択です。
- リニア
- 静音なし … Alpaca(おすすめ) / Gateron Ink Black
- 静音あり … Alpaca Silent(おすすめ) / Gateron Silent Ink
- タクタイル
- 静音なし … Holy Pandas(おすすめ)
- 静音あり … Gazzew Boba U4
リニアスイッチは、キーボードコミュニティでも人気の高いタイプなので多くの選択肢があります。
Alpaca スイッチは、Prime Keyboards が JWK という製造元に発注したスイッチです。とてもスムースなスイッチで、コミュニティからの評価も高いです。国内では 遊舎工房 での取り扱いがあります。その静音スイッチである Alpaca Silent もあり、こちらもおすすめです。
なお、 JWK は、自社のブランドで販売するというよりも OEM を中心にビジネスをしているようで、 Durock というブランド名で呼ばれることもあります。同じ製造元で仕様の異なるスイッチがいくつもあり、 Novel Keys の Dry Series や Silk Series、 TheKey.Company の C³ Tangerine Switches などが同じ製造元です。国内では Durock L7 Switches などが TALP KEYBOARD で販売されています。
Gateron Ink Black は、その品質の高さから新しい定番スイッチとなっています。スムースでぐらつきが少なく、音が良いスイッチです。荷重の違うGateron Red Inkもありますので、好みで選んでください。海外では NovelKeys や KBDfans での取り扱いがあり、国内では、遊舎工房やゆかりキーボードファクトリーでの取り扱いがあります。こちらのスイッチの静音版が Silent Ink です。
タクタイルスイッチでは、 Holy Pandas というキースイッチが人気です。 Holy Pandas は Drop で購入が可能です。もともとは、複数のスイッチを組み合わせてつくるスイッチだったのですが、あまりの人気で現在ではそのものが販売されるようになりました。 Holy Pandas をめぐる数奇な歴史については きせのんさんの Holy Panda に関する記事 を参照してください。
タクタイル静音スイッチでは、 Gazzew Boba U4 を検討してみてください。 Gazzew Boba U4 は、最近流行しているタクタイル感がしっかりしたスイッチに比べるとタクタイル感は大人しめで、特筆すべきはそのぐらつきの少なさです。Outemu が製造しています。国内では TALP KEYBOARD での取扱があります。
それから、キースイッチは、いくつかの改修を重ねることがあり、そのバージョンによって打鍵感が異なることがあります。基本的には最新のものが販売されていますが、購入のときには少し注意をしてみてください。
潤滑(lube)
キースイッチを購入したら、まずやることは潤滑(lube)です。潤滑の目的は、キースイッチのスムースさと音の改善です。適切に潤滑剤を塗布することで、押下時のひっかかるような感触がなくなり、金属的で耳障りな音をおさえることができます。
実際の潤滑は手技になりますから、動画の解説もあわせて見てください。
潤滑の基本は、部品同士が接触する部分に潤滑剤を塗布することです。そのときに重要なのは、潤滑剤をつけすぎないことです。潤滑では、少量のグリスを容器のフタなどの小皿にとり、適量を塗布していきます。塗布する部分に爪楊枝の先ほどの量をのせ、それを広げていくイメージです。
特に、後ほど紹介をする Krytox GPL 205g0 という潤滑剤は、うっすらと色が変化するくらいで十分な効果を得ることができます。塗布したものを軽く拭きとるぐらいの方が良いという人もいるくらいです。
スイッチ内部でどの部分が接触するかについては Lubing Switches: Where To Lube をよく確認してください。
潤滑剤
リニアスイッチとタクタイルでは、それぞれ利用する潤滑剤の種類が異なります。リニアスイッチであれば Krytox GPL 205 G0 、タクタイルであれば Tribosys 3203 を購入しておけば、まずは問題ないでしょう。いずれも 遊舎工房 やSwitchmod Keyboards で購入することができます。
スプリングは、オイル系の潤滑剤をつかうのが簡単です。Krytox GPL 105 が一般的に利用されています。遊舎工房でも購入することができますすので、入手しましょう。
- リニア
- Krytox GPL 205 GRADE 0
- タクタイル
- Tribosys 3203
- スプリング
- Krytox GPL 105
なお、これまで国内ではKrtyoxやTrybosysの潤滑剤が入手しにくかったため Super Lube を推奨する記事が散見されます。しかしながら、現在は Super Lube よりもキースイッチの潤滑に向いている潤滑剤が入手しやすい状況ですので、今からキースイッチのために Super Lube を購入する必要はないでしょう。
その他に必要なもの
潤滑にあたっての道具として、以下のものを購入しましょう。
- マイクロアプリケーター(ファイン φ1.5mm)
- スイッチオープナー
- ルブステーション
- ジェムホルダー
マイクロアプリケーターは、筆の代わりに少量の潤滑剤を塗布するのに最適な道具です。また、気軽に使い捨てにできます。 Amazon.co.jp で「マイクロアプリケーター ファイン」で検索すると、いくつもの商品をみつけることができます。1,000円くらいで大量に購入することができますので、筆ではなくこれを利用するようにしましょう。
スイッチオープナーは、3Dプリンタで出力されたもの や アルミ削り出しのもの などがあります。ピンセットなどでもスイッチを分解することもできますが、効率がぜんぜん違うので、ぜひ手に入れましょう。
ルブステーションは、作業用の台です。なくても大丈夫ですが、あると効率的に作業を進めることができます。このサイトでも レーザー加工サービス用のデータ を公開していますので、どうぞご利用ください。
ジェムホルダーは、ステムをつかむのに利用します。ノック式ボールペンのようになっていて、後端部を押し込むと爪がでてきます。ステムを潤滑するときに、これで固定すると便利です。AliExpressで販売されています。
潤滑の手順
スイッチの分解
まずは、スイッチオープナーでスイッチを開け、パーツごとに小皿などの容器に小分けします。私は100円ショップで買った、ふた付きの容器に入れています。ふたがあれば、数日がかりで作業をしたとしても、ほこりがはいらないので便利です。
スプリングの潤滑
スプリングの潤滑から始めましょう。スプリングの潤滑は、バッグルブ(bag lube)という手法が手軽です。手法といっても、袋にスプリングとオイル系潤滑剤をいれて振るだけですので、簡単にスプリングを潤滑することができます。
スプリングをチャック付きの袋に入れ、 Krytox GPL 105 を少量加えます。スプリング100個で0.1mlくらいが目安ですので、チャック袋の内側に容器の口をつけて、軽くオイルを触れさせるくらいで十分です。その後、チャックをしめてシェイクすることで、スプリング全体がオイルで濡れるようにします。うっすらと湿っているかなという量でも十分に効果がありますから、少量ずつ試してください。
ボトムハウジングの潤滑
ボトムハウジングで潤滑する場所は、ステムが上下するときのガイドとなる両脇のレール部分、ステムの軸が出入りする穴の内側です。リニアスイッチの場合は、リーフとステムの脚とが接触する部分も潤滑します。
タクタイルスイッチのとき、リーフとステムの脚の接点を潤滑するとタクタイル感が大きく変化してしまいます。一般的には潤滑を避けるべきとされています。タクタイルが大きすぎると感じたときには、好みによって潤滑するのもよいとおもいます。
潤滑をしたボトムハウジングはルブステーションに置きます。そして、潤滑したスプリングをセットしておきます。
ステムの潤滑
ステムで潤滑すべきは、両サイドのレールと接触するガイド部分、ステムの脚、下に伸びている軸部分です。ステムの脚と逆側の背面も、一部がトップハウジングと接触するので軽く潤滑してもいいでしょう。
潤滑が終わったら、ステムの脚をリーフ側に向けて、スプリングの上に載せておきます。
トップハウジングの潤滑
トップハウジングで潤滑するのは、ステムと接触するレール部分です。
その後、スイッチをしっかりとしめて、潤滑は完了です。耳元でスイッチを押して音を確認し、潤滑が十分かどうかを確認します。
その他の調整
スプリングの交換
スプリングの重さは打鍵感と大きく関係してきますので、スプリングの交換も一般的です。スプリングの重さは、一番押し込んだとき(bottom out)の荷重で表します。作動点(actuation point)での荷重ではないので注意してください。
コミュニティでは SPRiT Designs のスプリングが、種類も豊富で定評があります。遊舎工房でも購入することができます。最近では、TX Keyboard などのショップで、キースイッチ用の高品質なスプリングを取り扱うようになりました。 NovelKeys もスプリングの販売をしています。
スイッチフィルム
スイッチフィルムはトップハウジングとボトムハウジングの間にはさむ薄いフィルムです。ハウジングの遊びをなくすことで、ぐらつきを抑えることが目的です。ぐらつきはトップハウジングとステムの隙間に由来するものと、トップハウジングとボトムハウジングのかみ合わせに由来するものがあります。スイッチフィルムはかみ合わせに由来するぐらつきを抑えます。ぐらつきを抑えることで、一貫した打鍵感や打鍵音も得ることができます。
ここ最近で色々なスイッチフィルムが入手できるようになってきました。著名なものとして、TX Keyboard や KeBo Store などがあります。両方とも素材はポリカーボネイトで、TX Keyboardの方が厚めです。それから、 Deskeys のスイッチフィルムはシリコーン素材でつくられています。
TX Keyboard製のものとDeskeys製のものについては遊舎工房でも取り扱いがあります。
更新履歴
- 2019年5月15日 初版
- 2019年5月27日 レビューにもとづいて表記を修正
- 2019年6月13日 遊舎工房で潤滑剤を取り扱うようになったので追記
- 2019年7月12日 塗布する量の表現を修正、Super Lubeを推奨しないことを追記、ルブステーションへのリンクを追加
- 2019年8月3日 Ink Switches の種類が増えたため Black を明記したうえで KBDfansでの取扱を追記。Drop 販売の Holy Pandas へのリンクを追加。SPRiT Designsの出荷についての表記を削除
- 2019年10月29日 スイッチのおすすめを明記、Holy Pandasへのリンクを削除し、YOK PandasとHalo Swichesへのリンクを追加。スプリングの取り扱い情報を更新。スイッチフィルムに関する記述とリンクを修正。
- 2019年11月19日 ジェムホルダーについて追記。
- 2019年11月27日 スイッチフィルムの遊舎工房での取扱を追記。
- 2020年2月13日 TealiosとNovelKeys Cream、Christo-Lubeに関する記載を削除。
- 2020年8月4日 NovelKeys The Dry Series / The Silk Series について追記。
- 2020年8月10日 The Silk Series について記述を削除。Deskeysのスイッチフィルムを追記。トップハウジングの潤滑についての記述を修正。
- 2020年8月20日 TALP KEYBOARDでのDurockの販売を追記
- 2020年12月22日 タクタイルスイッチに関する記述を更新。ZealiosとZilentsの記述を削除、Holy Pandasについては Drop のリンクを追加、静音タクタイルは Gazzew Boba U4 を推奨。
- 2021年1月4日 AlpacaとAlpaca Silentをおすすめスイッチに変更。
- 2021年1月31日 Taeha Types のビデオを更新。